2021/02/02 14:20

近代ヨーロッパ文明の成立以降、様々なジュエリーが製作されてきましたが、残されたジュエリーを見ると、それぞれの分野で、その技術や装飾的な表現が頂点に達したのが、何時なのか分かります。


驚くことに、全ての物が時が経つごとに進化続けるわけでなく、その頂点を境に衰退していくことが多く、頂点をキープし続けているものは無いに等しいのかもしれません。

その理由は様々あると思いますが、例えば流行の変化で作られないようになったり、需要が多くなって製作にかける時間が削られたのかもしれない。また、その素材自体が様々な理由で手に入らなくなったり、新しい素材に変わったことも要因の一つかもしれません。


例えば、19世紀後半に活躍したジュエリアーノのエナメル作品を見ると、何と素晴らしいことか!と感じますね。しかし、例えばドレスデンのレジデンツ宮殿にある「緑の円天井」グリューネスゲヴェルに集められたザクセン選帝候の遺したバロック様式の宝物には、17世紀から18世紀前期に製作された驚愕のエナメル装飾が施された品が存在します。 以前、僕は初めてドレスデンを訪れ、それらの宝物を目の当たりにした時の驚きを忘れることはできません。

「ジュリアーノのエナメル装飾はこれを真似たものだ。しかも、ここに施されたエナメルの方が遥かに優れている!」 そこに並べられたバロック様式の品々に施されたエナメル装飾は、1516世紀のルネサンス時代に確立されたエナメル装飾を、より洗練にした印象です。あか抜けているのです。ジュリアーノの作品はルネサンスリバイバルといわれていますが、そのあか抜け感があるわけです。ですから僕は、ザクセン王の遺したエナメル装飾の宝物とジュエリアーノが結びついたのです。

両者を比較すると、ジュリアーノのエナメルも十分魅力的ですが、はっきり言って18世紀以前に作られた物の方が優れています。


This impressive hunting competition trophy was created by Johann Melchior and Georg Christoph Dinglinger c. 1720 and stands just over 7 inches tall. It is made of laquer, enamel, partially gilded silver and gold.Photograph by Jürgen Karpinski, courtesy of the Grünes Gewölbe, Staatliche Kunstsammlung Dresden.



18世紀中ごろから19世紀初頭に作られたカラーゴールドの宝飾品は、言葉では言い尽くせないほど美しい装飾を施した素晴らしい作品が遺されています。可憐に優雅に、時に写実的に彫刻した様式表現は、確実にハイレベルな芸術家が製作したもので、貴族の究極のコレクションです。


This magnificent, rare jewelled gold and enamel snuff box was crafted circa 1755 by goldsmith Daniel Baudesson - one of the most talented Berlin bijoutiers of the 18th century from whom Frederick the Great, the King of Prussia, commissioned numerous pieces over the course of his reign.



19世紀末に登場したアール・ヌーヴォーのジュエリーは、それ以前に残されたヨーロッパ芸術から飛び出し、全く新しい芸術様式のジュエリーを作り出したことに大きな意味があります。それまでに確立されたヨーロッパの伝統的な様式美に囚われず、東洋的な表現を取り入れ、曲線が自由に行き交い、エキゾチックに、時にエロッティックなデザインをジュエリーで表現したことは、当時のフランスの芸術家と同じ精神性を表しています。

高級な宝石や貴金属だけに囚われないところにも、芸術家の精神を感じます。歴史的にも貴重なジュエリーです。

プラチナの繊細な細工は、プラチナがジュエリーに使われるようになった最初の30年間に最高品質の作品が作らています。すなわちエドワーディアンからアール・デコの作品。1900年頃から1930年頃まで。

例えば、カルティエが自社の製作したこの時代のジュエリーを買い戻しアーカイブするのは、その時代のクリエイションを尊敬しているからです。 デザイン、素材、再現できない技術。そして新しい優れたものを作ろうとするクリエイションの精神。それらがこの時代のジュエリーからにじみ出ているのです。 

現在制作している自社のプラチナジュエリーが、この時代の物より劣っていると分かっているのですね。


Regard Collection



1920年代に登場するパリのアヴァンギャルドなジュエリーは、近代化や工業化によって変化する社会が表現に影響をもたらしたものです。当時の芸術家や音楽家、そしてファッションデザイナーの遺した作品を見れば、どうしてこのようなジュエリーが生まれたのか理解できます。

ピカソとブラックのキュビズムやエコール・ド・パリの芸術家たち。ジャズ音楽。そして社会進出する女性たちの新しいファッション。どれもこれも19世紀までの貴族社会から抜け出し、新しい表現が生みだしたエネルギーが滲み出ています。ココ・シャネルがリトルブラックドレスを作ったように、ボワヴァンが、ベルペロンが新しいジュエリーを作ったのです。時代の最先端を行く人たちが求めた、全く新しい近代的なモダンでアヴァンギャルドなアール・デコのデザインは、こうした社会の中から力強く生まれ、自由なパワーが宿っています。

実際にまだ宝飾技術は衰えておらずクオリティーも高く、基本的な作りも贅沢。 

今、ジュエリーを愛する人たちは、いわばモダンアートをコレクションするような感覚で彼らに憧れているのです。


Karl Largerfeld wearing Suzanne Belperron clip on his tie. 


今紹介したのは、長いジュエリーの歴史の中の一部分です。アンティークジュエリーを見れば様々な所で頂点を見つけることが出来ます。 あなたがジュエリーを買う時にこの様なことを知っていれば、何を選ぶべきかきっと分かるはずです。 勿論それを理解するのは簡単じゃありませんから、まず私に相談してください(笑!)。



The Duke and Duchess of Winsor

Blue Chalcedony,Sapphires & Diamond Necklace,Earrings by Suzanne Belperon